人生の節目に必要なのは寄り添いじゃなく踏み込む大人
年末年始、
ちゃんみなとHANAが炎上していた。

引用:「第76回NHK紅白歌合戦」ちゃんみな、HANA(C)NHK
正直に言うと、
私は最初ちゃんみなを
「派手な見た目のラップ系アーティスト」
くらいの雑な認識で見ていた。
でもSNSで流れてくるうちに、
「なんでこんなに燃えてるんだ?」
「そもそもちゃんみなって何者なんだ?」
と気になり始めて、
YouTubeのオーディション番組
NO NO GIRLS を一気見して、
インタビューを読んで、
曲を聴いて、
完全に“ちゃんみな漁り”を始めた。
そこで、妙に腑に落ちた言葉があった。
「ババア最強説」

最初は笑ったけど、
だんだん本気で納得してきた。
確かに今足りてないのって、
ババアの“ちょいおせっかい”なんじゃないか。
ウェディングも然りね。
今の結婚式って、
「新郎新婦のやりたいことを形にする」
ことに、ものすごく寄っている。
それ自体は悪くない。
でもそれだけなら正直、
近い未来AIでできる。
好みを入力すれば、
トレンドも、映えも、
効率も、最適解も出してくれる。
じゃあ、
ウェディングという概念が
これからも“価値あるもの”として残るには何が必要か。
私はこう思う。
人生の節目で、
その人の人生に“踏み込める存在”がいること。
ここで言うババアは、
年齢の話じゃない。
・空気を読みすぎない
・嫌われる可能性から逃げない
・「それで本当にいい?」と聞ける
・目先の満足より、その人の人生を見ている
そういう大人。
ちゃんみながやっていたのは、
参加者の“やりたい”を肯定することだけじゃなかった。
甘えも、逃げも、
中途半端な覚悟も、
全部見抜いたうえで、
「それでも、行くの?」
「本気なら、ちゃんとやろう」
って、踏み込んでいた。
あれは、完全にババアの仕事だと思う。
これウェディングにも必要なんじゃないって思うのよ。
新郎新婦の希望を
その通りに形にするのは簡単。
でもそれは、
人生の節目を“消費されるイベント”として捉えているだけ。
本当に価値があるのは、
・なぜ式をやるのか
・誰に何を伝えたいのか
・この日を、人生のどこに置くのか
そこに一緒に向き合って、
時には耳の痛いことも言って、
覚悟を問うこと。
それは時には優しくないと捉えられることもあるかも知れない。
でもその本質は本当の優しさという強さだったりするんだよね。
令和のウェディングに必要なのは、
“いい人”になることじゃない。
ちゃんと踏み込めるババア。
人生を変える可能性がある節目だからこそ、
少しおせっかいで、
少し厳しくて、
でも最後まで味方でいる存在が必要なんだと思う。
ウェディングは、人生のイベントではなく
人生を祝う場として一旦立ち止まる貴重な機会。
だから私は、
ババアスタイルでいきたい。