「結婚式、する気はあんまりないんです」
打ち合わせで、そう正直に話してくれる方がいる。
気が進まない。
お金もかかる。
目立つのは、正直恥ずかしい。
その気持ちを、わたしは否定しない。
むしろ、よく言ってくれたな、と思う。
結婚式の話って、 たいてい「やりたい」を前提に進んでいく。
雑誌も、SNSも、式場の人も、 みんな、やる気のある人に向けて話している。
だから、「あまり気が進まない」と感じている人は、
それを言いにくいまま、 なんとなく流されてしまう。
でも、よく聞いてみると、
気が進まないのは、 結婚式そのものが嫌なんじゃないことが多い。
目立つのが、恥ずかしい。
「主役」という感じが据わりが悪い。
お金をかける意味が、まだ見えない。
「やりたくない」んじゃなくて、
「こういう式なら、やる意味が分からない」だけ。
そして、たいていの場合、
その人の中には、もうひとつ別の気持ちがある。
「でも、親にはちゃんと伝えたい」
「今までお世話になった人たちにも感謝している」
気は進まない。
でも、伝えたい人はいる。
その両方を、抱えたままでいい。
どちらかに、無理に決めなくていい。
わたしがするのは、 「気が進まない」をなかったことにして、
やる気にさせることじゃない。
その気持ちの奥にある、
「ほんとうは、誰に、何を伝えたいのか」
をふたりと一緒に、ゆっくり言葉にしていくこと。
そこが見えてくると、 不思議と気の進まなさが、
すこしずつ、形を変えていく。
「やらされるもの」だった結婚式が、
「これなら、やる意味がある」に、 変わっていく。
無理に前向きになる必要はなくて、
気が進まない、というその場所が、
じつは、いちばん正直なスタート地点(現在地)だから。
そこから始めた人ほど、 最後に深くうなずける。
結婚式は、自分たちをよく見せる日ではなく、
「在り方を確かめる日」
気が進まないところから始めても、
「これでよかった、私たちはこのままでいいんだ」
と、 確かに思える日にできる。