正直でいたい、と思って生きてきた人へ。
その人は、たぶん話を合わせるのは、嫌ではない。
むしろ得意かもしれない。
その場が盛り上がっていれば、 ちゃんとその空気にも乗れる。
だから、まわりからは普通に話せる、ノリ悪くない人に見える。
でも、本人はどこかで気づいている。
それは、その場に合わせているだけで、
正直な自分ではない。
ということに。
表面的には差し障りがないけれど、
ほんとうの自分を出している感じではない。
合わせられてしまうからこそ、
かえって、自分の正直な気持ちをどこに置けばいいか、
分からなくなる。
でもわたしは、そういう人のことを信頼している。
だってわたしがそうだから。
正直さとは、 思ったことをただそのまま口にすること ──
ではないと思う。
むしろ、自分の中にある、
恥ずかしさや、照れくささや、 うまく言えなさまでも、
「今の自分の心は、こうなんだ」と、 受け止めることなのだと思う。
正直な人ほど、 自分の感情に嘘をつけない。
だからこそ、
感謝しているのに、照れてしまったり、
大切に思っているのに、言葉に詰まったり、
伝えたい想いがあるのに、 ちゃんとできない自分に、
もどかしさを感じている。
でも、その「ちゃんとできなさ」は、 想いがないからではない。
自分に正直だからこそ、軽く扱いたくない。
という気持ちから生まれるものだ。
うまく言えない奥には、 本当は伝えたい感謝がある。
照れくささの奥には、 ずっと大切にしてきた愛情がある。
恥ずかしさの奥には、 今まで言葉にできなかった、
まっすぐな想いがある。
人は、ひとりでいまの自分になったわけじゃない。
誰かに影響を受けて、
誰かに影響を与えて、
その関わりの中で、 すこしずついまの在り方ができてきた。
その関わりの一つひとつに、 言葉にしてこなかった想いが、
たぶん、まだ残っている。
結婚式は、 その心と向き合うための、特別な機会だと思う。
KIVIでは、「想いの相関図」というプロセスを通して、
自分の中にある感情と、
その奥にある想いを、 ひとつひとつ見つめていく。
誰に、何を感じてきたのか。
どんな記憶があり、 どんな感謝があり、 どんな愛情があるのか。
派手なことをするわけじゃない。
ただ、これまでの関わりを、 ゆっくり辿っていく。
そうして心を整えていくと、
人は少しずつ、 自分の想いに正直になっていく。
正直さとは、 きれいに話せることではない。
自分の心を、ごまかさずに見つめて、
大切な人へ、 大切な想いを、 自分の届け方で、届けようとすること。
うまく伝えようとしなくて、いい。
言葉でなくても、いい。
その不器用さのまま、 自分の届け方で伝えようとした想いは、
ちゃんと、届く。
結婚式は、 その正直さに、たどり着くための時間でもある。
「想いの相関図」は、 言葉になる前の想いを見つけ、
心からの表現へと、つなげていくための、 道しるべなのだと思う。
結婚式は、 自分たちをよく見せる日ではなく、 そのままの在り方を確かめる日。
うまく伝えなくていい。 正直なまま、その場所に立てたなら、
きっと最後に、 「これでよかった」と、 確かに思える時間になります。